日立製作所基礎研究所(所長 小泉英明)は、このたび、パルス時間幅55フェムト秒(*2)
の超短パルス固体レーザー〔クロム添加YAG(*1)(Cr:YAG)レーザー:発振波長
1.5マイクロメータ〕において、波長スペクトル幅40ナノメータ、レーザーパルスの繰り返し
周波数(以下繰り返し周波数)1.2ギガヘルツを実現しました。通信波長帯において50フェム
ト秒クラスの超短パルス固体レーザで、ギガヘルツ発振をしたのは初めてです。今回開発した、高
い繰り返し周波数と広い波長スペクトル幅を兼ね備えた固体レーザーは、生体系高時間分解能計測
装置や光伝送等の光源としての新しい応用研究に道を拓くものと期待されます。
固体レーザーはこれまで、その高出力特性を利用して、Nd(ネオジウム):YAGレーザーを
用いた切断機などのように工業分野で実用化されてきました。一方、この固体レーザーの中にはパ
ルス幅がフェムト秒オーダの超短パルスで発振するものがあります。その特徴として位相の歪みが
殆どない理想的なパルスが得られること、また数十ナノメータから数百ナノメータに及ぶ広い波長
スペクトル幅を持つことなどがあげられます。広いスペクトル幅を持つ1.5マイクロメータ帯の
超短パルス固体レーザーは、生体系の高時間分解能計測や、異なる波長の光を重ねて伝送容量を稼
ぐ波長多重光伝送の光源として可能性を持つものです。しかし、光伝送がすでにギガヘルツオーダ
の周波数であるのに対して、典型的な超短パルス固体レーザーの繰り返し周波数はたかだか100
メガヘルツ程度と大きなギャップがあります。また、繰り返し周波数を高速化すると、パルス幅の
増大やスペクトル幅の減少など性能が大幅に劣化するという欠点がありました。このように、超短
パルス固体レーザの繰り返し周波数を高速化する技術は、固体レーザーの新しい応用展開に向けた
鍵となるものでした。
今回、日立製作所基礎研究所は、通信波長帯と言われる1.5マイクロメータ帯の超短パルス固
体レーザー(Cr:YAGレーザー)に着目し、広い波長スペクトル幅を保ったままで、繰り返し
周波数を高速化する技術を開発しました。開発技術の特徴は、以下の2点です。
(1) レーザ構造に部品点数が少ない特徴を持つL型共振器構造を採用、
(2) 共振器長の低減、部品の最適設計等による小型固体レーザーの実現。
この結果、1.5マイクロメータ帯の固体レーザにおいて、パルス幅55フェムト秒の超短パルス、
スペクトル幅40ナノメータという広帯域を維持したまま、典型的な超短パルス固体レーザーより
も一桁高い繰り返し周波数1.2GHzというギガヘルツ発振を初めて実現したものです。
従来の超短パルス固体レーザーの特性に加え、高速の繰り返し周波数という特性が得られたこと
により、Cr:YAG固体レーザの新たな応用の可能性が拓けたものと言えます。
今後は10ギガヘルツの繰り返し周波数とともに波長スペクトル幅の拡大を目指した研究を進め、
超短パルス固体レーザー応用の可能性を一層明確にしていく方針です。
<技術の特徴>
(1)L型共振器構造の採用による繰り返し周波数の高速化
レーザーの繰り返し周波数は共振器長で決まります。通常の超短パルス固体レーザーは、7個程
度の部品から構成されるZ型またはX型共振器構造を採用していたため、共振器長を十分に短くす
ることができませんでした。今回3個の部品からなるL型共振器構造を採用したことにより共振器
長を大幅に短縮化することが可能となり、ギガヘルツ発振を実現しました。
(2)共振器構造の最適化による発振レーザーの超短パルス化
従来L型共振器は、Z型又はX型に比べて短パルスの発生は困難と考えられていました。今回、
L型共振器を構成する各部品の設計、構造の最適化を行い、共振器長を短くしてもパルス幅の劣化
を抑制することに成功し、55フェムト秒の超短パルス発振を確認しました。この値は、従来のZ
型共振器でのCr:YAGレーザーの世界最高記録(43フェムト秒)と比較しても遜色ない値で
あると言ええます。
Cr:YAGレーザーのような固体レーザーで超短パルス発振させるには、モード同期と呼ばれ
る手法を用いています。この手法を用いるとスペクトル幅(周波数幅換算)とパルス時間幅の積は
0.3程度になることが知られています。したがって、広いスペクトルを得ようとすることはパル
ス幅を極限まで小さくすることと同値です。本研究では上述の超短パルス、即ち広いスペクトル幅
と高い繰り返しレートの両立に成功しました。
【用語】
(1) YAG:イットリウム−アルミニウム−ガーネットの略。
(2) フェムト秒(fs):10-15 s
以上
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