日立製作所は、このたび、採取した空気中の爆薬成分を瞬時に検出することができる世界最
高感度の爆発物探知技術を開発しました。本技術は、従来は検出が難しかったプラスチック爆
弾の主成分を、リアルタイムで探知できる感度を持っており、空港や発電所などの重要施設に
おけるセキュリティ向上に道を拓く技術です。
空港や発電所などの重要施設では、セキュリティの向上を目的として、危険物探知のための
手荷物や身体の検査が行われています。現在、危険物探知には主に、X線を用いて物体の形状
を判別することで刃物、火器、不審物等の有無を調べる「バルク検出法」と、空気中から爆薬
成分の蒸気を検出し、化学分析から爆薬の有無や種類を判定する「トレース法」が用いられて
います。日本では、バルク検出法が一般的ですが、バルク検出法とトレース検出法を併用する
ことにより、高精度に危険物を探知する方法が、欧米を中心に広まりつつあります。
トレース検出法で最も重視されるのは、探知のスピードと高い検出感度、様々な化学物質が
含まれる試料の中から任意の成分を選別する高い選択性です。既に、一般的な爆薬であるトリ
ニトロトルエン(TNT)などに対しては、常温で対象物付近の空気を吸引し、その中に含まれる
爆薬の蒸気を高速で探知する方法が開発されています。しかし、プラスチック爆弾の主成分で
あるRDX*1やPETN*2は、TNTなどに比べて蒸気圧が約3桁低く、常温では空気中に極微量の成分
蒸気しか存在しないため、採取した空気中からの直接検出は従来の検知技術では不可能とされ
てきました。このため、採取した空気を濃縮させたり、対象物を加熱して蒸気を放出させるな
どの前処理が必要となり、探知に時間がかかるという課題がありました。
今回、当社中央研究所では、上記の課題を解決し、蒸気圧の低いRDXやPETNなどの爆薬も、
高速かつ高感度で検出する爆薬物検出技術を開発しました。新たに開発した検出技術は、特定
のガス成分を高効率でイオン化する技術とイオン化された成分を選択して高感度で質量分析す
る技術です。これによって、常温では空気中に極微量しか存在しない爆薬成分も、濃縮や加熱
といった前処理を行なうことなく吸引した空気中から直接検出するとともに、成分を特定する
ことが可能となります。
本技術は、手荷物、人体、郵便物などを対象とし、多量の対象物を高速で検査しなければな
らない場所に適した検出技術であり、従来のバルク検出法との併用により、空港、税関、重要
施設などのセキュリティ向上を実現させます。
今後は、装置の小型化やソフト開発など、実用化に向けた検討を始めるとともに、麻薬の探
知なども視野に入れて、危険物探知技術の研究開発を進める予定です。
■新技術の特徴
(1)前処理不要のリアルタイム検出
対象物を空気採取口に近づけるだけで検査が終了し、濃縮や加熱といった処理が不要です。
試料ガスが分析部に到達してからの応答時間は0.2秒程度です。手荷物検査等に用いる場合、
ガス導入時間を加味しても1〜2秒で探知が可能です。
(2)高効率イオン化法による高感度検出
爆薬成分を高効率でイオン化できる新型イオン源を開発しました。採取気体の流れとイオン
の流れを対向させて、イオン化反応を阻害する電気的に中性な成分をイオン化領域から排除し
ます。生成されたイオンを検出することにより、衣類や身体に付着したごく微量の爆薬を探知
できるほか、世界で初めて常温でRDXやPETNの検出に成功しました。
(3)爆薬成分に対する高選択性
大気中に含まれる様々な化学物質の中から爆薬を選別するため、検出部には物質の特定能力
に優れた質量分析技術を用いました。特に、有機物の分析等の分野で活用されている三次元四
重極質量分析計*3の機能である多段質量分析法*4を用いることで、誤報率を極めて低く抑えら
れます。
■用語説明
*1 RDX:ヘキソーゲン(1,3,5-Trinitrohexahydro-1,3,5-triazine)
*2 PETN:ペンスリット(Pentaerythritol Tetranitrate)
*3 三次元四重極質量分析計: 2枚の御椀状の電極と、その間に配置されたリング状電極で構成
され、3枚の電極に囲まれた空間にイオンを閉じ込める特性を有しています。
*4 多段質量分析法: 特定質量のイオンを選択し(1段目の質量分析)、そのイオンの分解性生
物を分析する(2段目の質量分析)ことで、選択性が飛躍的に向上します。
以 上
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