成長モードへの移行を宣言した2022年度は、10年超に及ぶ構造改革の仕上げの年でした。これまでの改革で築いてきたグローバル基盤の上に、次の10年、日立が成長し続ける道筋を創るための、大切な転換点です。
日立は、「社会イノベーション事業」をシングルパーパス(日立の唯一の存在価値)と定め、データとテクノロジーでサステナブルな社会をめざす、そのための事業ポートフォリオ改革を継続してきました。
かつて20社以上あった上場子会社は2022年度にゼロとなり、自動車部品事業を担う日立Astemoは、2023年度に非連結化します。こうしてコア事業にポートフォリオを集中させる一方、社会イノベーション事業のグローバル成長のための資産獲得にも注力しました。「グリーン」「デジタル」「コネクティブ」という社会と産業を変革する3つの潮流に対応し、事業成長していくため、ABBのパワーグリッド事業やGlobalLogicを買収、日立ハイテクを完全子会社化するなど、グローバルでのアセット獲得を進め、海外アセットが日立全体の7割を占めるまでになりました。
社会イノベーション事業をシングルパーパスとして、One Hitachiで推進するアセットがそろったのが現在地です。3つの事業がいかに一つになって仕事をしていくのか、そういった発想の切り替えが新たな日立の文化を創っていきます。今後も、日立のトランスフォーメーションジャーニーは続きますが、オーガニックでのサステナブル成長フェーズに移行する、それが大きな変化です。このモードチェンジのマインドセットを、日立グループ全体で醸成していくことが、今の日立CEOに求められている役割だと認識しています。
成長を実現するために、次の4つの要素をサイクルとして回しながら、さらに高みをめざしていきます。一つ目は「ガバナンスの進化」、二つ目は「ポートフォリオ強化の継続」、三つ目は「テクノロジーとビジネスモデルの革新」、四つ目は「たゆまぬ企業価値向上の努力」です。
社会イノベーション事業で成長し、サステナブル成長モードにシフトする上で、「ガバナンスの進化」はすべての出発点です。日立は、グローバルトップクラスのボードと、M&Aで獲得したグローバル人財を生かすDEI(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)を維持・発展させてきました。実際、グローバル企業のトップ経験者も迎えた強力なボードメンバーと、透明性と実効性のあるガバナンス体制は、日立の構造改革でも大きな役割を果たしました。また、DEIは、ABBのパワーグリッド事業やGlobalLogicの買収を通じて獲得したグローバル人財を生かすために非常に重要です。人的資本の活性化のため、DEIのほか、デジタル人財の育成・獲得、エンゲージメント向上にも取り組みます。サステナブルな成長マインドへの転換を後押しするため、報酬体系の導入・浸透にも注力し、2023年度は、役員報酬制度を改定しました。
成長をめざすこれからの10年に向け、改めて、私はガバナンスの重要性を実感しています。One Hitachiのマインドが高揚するよう、さらに高いレベルをめざします。
「ポートフォリオ強化」は、成長を加速するため今後も継続していきます。大きな資金が流入する「グリーン」「デジタル」「コネクティブ」という3つの潮流は、日立に大きな成長機会をもたらすものです。日立の事業セグメントは、それぞれの潮流と親和性の高い日立のアセットをグルーピングして構成する、それが基本コンセプトです。グリーンなエナジーとモビリティを集めてGEMセクター、デジタルなシステムとサービスを集めてDSSセクター、そしてつながる、つまりコネクティブなインダストリーズを集めてCIセクターです。この3つのセクターを、市場成長を駆動する技術潮流にマッチさせて、豊かな成長性を確保します。M&Aで獲得したグローバルアセットのシナジー最大化はもちろん、各アセットを強化するためのボルトオン型の投資も継続することで、さらに強化していきます。加えて、低収益なアセットの整理も定常的に実施し成長投資の効率を向上させます。
次に「テクノロジーとビジネスモデルの革新」です。私の追求しているテーマは、どうしたら他社にない社会イノベーション事業の強みを作れるのか、にあります。日立の社会イノベーション事業のメインとなるビジネスコンセプトは顧客協創です。日立の多様なIT×OT×プロダクトを組み合わせ、他社より魅力的なソリューションを生み出すためには、Lumadaによる顧客協創フレームワークと、それを支える仕掛けが非常に重要です。グローバルトップ企業と戦える強い事業の一つひとつにLumadaのフレームワークを掛け合わせ、日立の多様な人財が、日立ならではのユニークな価値を提供していきます。
また、バックキャスト型のコーポレートR&D機能とスタートアップ投資で、他社に先行して顧客課題を先取りし、その課題をもとに次のLumadaソリューションの仕込みを進めていきます。
人とテクノロジーでイノベーションを実現できる、日立は、他社にない強みを有しています。私は今一度「技術の日立」を強調し、今までになかったテクノロジーやイノベーションをインスパイアしていきたいと考えています。
私自身は研究者としての長いキャリアを有していますが、特に昨今のAIの進化は目覚ましく、今まさにエポックメイキングな瞬間に立ち会っていると感じています。日立はこれまで、ロボットなどの制御系AIや、故障予兆の診断など統計データを扱う分析系AI、画像認識・判断するAIなどをLumadaソリューションの中で提供してきました。いよいよ、これらのCognitive AIの次に生成AI(Generative AI)が出てきました。この生成AIが一番活躍できるのは、いわゆる人間の知的活動をある程度置き換えることであり、私たちにとって最も有望な領域がシステムインテグレーションやデジタルエンジニアリングへの適用だと考えています。
AIにおける競争領域は、企業が蓄積している「行動」や「体験」の記録といった有形資産です。例えば、日立には、創業時代から続く「落穂拾い」という失敗から学ぶための文化があります。事故や不具合が起きれば、とにかく徹底して原因究明、再発防止策を議論する、そして二度と再び似たような事故は起こさないように記録する。こうして100年以上にわたり蓄積された普遍知識となる文書データがあります。
世界の主要なIT企業が作る大規模ランゲージモデル(LLM)とパートナーシップを組み、こうした我々固有のコンテンツをマージすれば、似たような過去の記録を参照し、事故や不具合を予測しアラートを出すことができます。プログラミング領域でも、こうした活用が可能だと考えています。
蓄積された有形資産を活用し、より特徴のあるLLMを作り上げ展開することで、労働生産性は、飛躍的に向上できます。ただ、いくらAIが進化しても、先に行くのはやはり人間だと考えています。行動と体験で進化してきた人間が、今後は、言語的知識を補完するために生成AIを活用する。人間がやるべきことは、新しい行動を起こし、いろいろなチャレンジをしていくことだと考えます。
サステナブル成長モードに入った日立にとって「Powering Good」は、日立のスローガン「Inspire the Next」と両輪の、大切にしたい行動指針です。新たなチャレンジで社会をインスパイア(Inspire the Next)する際に、良き判断であるかを常に問いながら、日立はたゆまぬ努力を続け企業価値を向上させます。
日立の企業価値向上にとって重要なのは、Lumada事業比率の拡大です。これにより、サステナブルに、トップラインの成長と高収益化を実現します。Lumadaは、15〜20%の売上成長を続け、将来的には日立全社売上の過半を占めることになるでしょう。また、ボトムラインの安定化、キャッシュ創出力の強化にも取り組み、まず、2024年度にはEPS(1株当たり純利益)600円以上、CFPS(1株当たりのコア・フリー・キャッシュ・フロー)は500円以上をめざします。
気候変動への対応としては、年1億トンのCO2排出量削減に貢献することを目標に掲げており、すでに2024中計期間における3年平均での削減貢献量は、1億2,610万トン/年に達する見込みとなりました。2030年度の自社におけるカーボンニュートラル達成に向けては、2024中計の目標であるCO2排出量削減50%を大きく上回るペースで進捗しており、2024年度に64%まで削減が進むと見込んでいます。
社会イノベーション事業を推進する日立は、お客さまをはじめ、政府・自治体、学術団体・研究機関など多様なステークホルダーとの対話・協創を大切にしています。サステナブル成長へとモードチェンジし、結果をもって、ステークホルダーの皆さまの期待に応えます。
成長モードへの移行を宣言した2022年度は、引き続き難しい経営のかじ取りが求められた1年でした。為替や地政学リスクといったグローバル環境の不透明さに加え、半導体不足や部材価格高騰への対応も継続する大きな課題でした。日立は、そのような環境下でも、デジタルとグリーンを中心に業績を順調に拡大し、コア事業である3セクターのAdj. EBITA率は9.5%、当期利益は過去最高水準となりました。今後も、オーガニック成長で安定的にキャッシュを創出し、それをサステナブル成長のための投資と、安定配当および自己株式取得の両方で、株主還元として配分していきます。
今、日立は、次の10年に向けた成長の姿を描いています。お客さまの多くが社会課題の解決にチャレンジされており、社会イノベーション事業を協創していく環境へとますます変化が加速していることに勇気づけられています。これからも、株主をはじめとするステークホルダーの皆さまと対話しながら、その内容を振り返り、経営に反映し、たゆみなく企業価値を高めていきます。そしてOne Hitachiで、サステナブル社会の実現に貢献するとともに、皆さまとその成長の果実を共有していきます。
2023年度は成長に向けて、非常に重要な年となります。2024中計を達成できるか、生成AIという技術革新を成長に生かせるか、あらゆる施策をしっかりと実行できるかが問われる1年だと考えています。まずは2024中計をやりきることで、いつも真剣な議論で経営にインプットをくださる株主の皆さまから、確実な信頼を得ていきたいと思います。